産業医の方へ

第30回 「情報機器作業」の健康影響
2020年 9月29日

VDT作業の画像

― 産業医向け第15回「テレワークの導入にあたって“VDT作業の労働衛生管理”の徹底を」のup date ―

 2018年にこのコラムで、VDT作業の労働衛生管理に対する関心が低下しているなかでテレワークの導入が徐々に進んでいることを取り上げ、テレワーク作業の大部分を占めるVDT作業の健康影響について、あらためて労働衛生教育を行う必要があることを指摘した(産業医向け第15回)。

 自宅でのテレワークについては、東京オリンピックに伴う交通混雑対策の一環として、東京を中心とした地域の大企業で、期間を限定した施策としてその準備が進められていた。ところが、2020年1月に始まった新型コロナウイルス感染症流行への緊急対策として、テレワークが2月頃から多くの大企業で導入され始めた。それから半年余りが経過した現在、流行の終焉がいつになるかわからないことに加えて、生産性の向上に有用であるとの評価もみられるようになり、一部の企業では、テレワークを恒常化するところも出てきた。

 テレワークの健康影響として問題視されているのは、VDT作業によるものだけでなく、身体面では運動不足に伴う体重増加、血糖値や血圧のコントロール不良、精神面ではアメリカ精神医学会のDSM―5でいう「適応障害」である。その背景には、準備が十分でない状態でテレワークが始まったため、情報機器整備の遅れ、従業員の情報機器リテラシーの未熟、労務管理のノウハウ不足という事態が今なお存在しており、その影響が排除できていないが、現時点では、適応障害を生じさせているストレス要因として、つぎの3点をあげることができる。

  1. 上司、同僚、顧客とのコミュニケーションがうまくいかない。
  2. 生活リズムの維持、とくに仕事のオン・オフの切り替えが困難である。
  3. 職場内の人間関係が希薄となりなんとなく孤立している感じがする。
    (自分が上司や同僚から適切に評価されていないのではないかという疑念、自分の居場所がない感じ)

 ③は①の結果とも考えられる側面があるので、核となるのは①と②であると言ってよい。また、②は長時間労働に繋がる危険を孕んでいる。自宅で行われるテレワークの位置づけが、新型コロナウイルス感染症に対する一時的な対策ではない企業が出始めていることは既に述べたが、これは、自宅で行われるテレワークが、その企業では恒久的な働き方になることを意味している。そうだとすると、現行の労働安全衛生法の規定では、家庭が職場の一部とみなされ、作業環境管理が家庭にも及ぶ。ところが、家庭の状況は従業員によって大きく異なり、プライバシー保護上の懸念もあるため、どこまで事業者が踏み込めるのかが問題となる。対策には相応の費用、手間、時間がかかることが予測される。対策としては、自宅近くのサテライトオフィスの活用も検討されてよい。

【付録】

1.VDT作業の作業特性と健康影響

VDT作業の健康影響は、視覚系、筋骨格系に現れるが、精神機能に対する影響もある。その特徴は、ドライアイを除くと他覚所見に乏しく、ほぼすべてが自覚症状であることである。VDT作業の作業特性とその健康影響の主なものをつぎに示した。

VDT作業の特徴

まばたきが減る 涙が減る 近くをじっと見る

頭・腕・腰など姿勢が固定される

没頭しやすく長時間になる

眼科的症状 目が疲れる 目がかすむ 目が痛い 目が乾く 涙が出る
筋骨格症状 首や肩がこる 背中がはる 首・肩・背中が痛い 腕のしびれ感がある 腰が痛い
精神的症状 イライラする 疲れている感じが取れない 眠れない 仕事をしようという気持ちになれない ゆったりとした気持ちになれない

こうした症状をコントロールするには作業管理が重要で、なかでも作業姿勢の管理と作業時間の管理が欠かせない。

〔作業姿勢〕
  1. PCはデスク上に置き、キーボード操作は両腕を机上もしくは椅子のアームレストで支持した姿勢で行う。PCを膝に乗せた姿勢、両腕を浮かした姿勢、身体を捻った姿勢は避ける。立位での作業はよい。
  2. ディスプレイと目の距離を50p程度に保つ。この距離が近いと姿勢が前屈みになる。ディスプレイの画面が小さい場合でも40p以下にしない。
  3. 作業中に何度も意識的に画面から目を離し、少し遠方を見るようにする(5m以上離れていれば遠方と考えてよい)。
〔作業時間〕
  1. 一連続作業は1時間以内とする。1時間たつと必ず作業をブレイクし、椅子から立ち上がる、ストレッチをする、部屋の外へ出て歩くことなどによって、作業中ずっと収縮していた筋肉を伸展させる。
  2. 1日の作業時間が8時間を超えないようにコントロールする。
  3. PCの画面から出る青色の光は覚醒作用をもっているので、少なくとも就寝前1時間はVDT作業をしない。

2.厚生労働省のガイドライン

 1980年代に入ると、VDT(Visual Display Terminals)作業に従事する労働者が徐々に増加してきた。こうした状況を背景として、VDT作業が心身の健康に与える影響についての関心が高まり、当時の労働省は1985年に、行政指導用の労働基準局長通達「VDT作業のための労働衛生上の指針について」(昭和60年 基発第705号)を出した。労働省は、この指針でVDT作業従事者に対する労働衛生の3管理労働衛生教育について基本的な事項を示した。VDT健康診断の導入もこの通達にもとづいている。
 この通達は、17年後の2002年に改正された(「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドラインについて」平成14年 基発第0405001)。

 その後、オフィスワーカーの大部分が定常的にVDT作業に従事するようになり、 職場ではIT化が進展した。しかし現在、VDT作業が従事者の心身の健康に与える影響についての関心が全般に低下しており、事業場での労働衛生教育が適切に行われていない懸念がある。また、小学校低学年からスマートフォンを使うことが一般化しているにもかかわらず、学校では VDT作業が心身の健康に与える影響についての教育はされていない。新入社員について言えば、その知識を持たないままVDT作業をしていることになる。安全配慮義務は、VDT作業の特性と健康影響についての知識を労働者に提供し、健康影響を可能なかぎり少なくすることを事業者に求めている。したがって、事業者が労働者に業務としてVDT作業をさせる以上、労働衛生教育を行わないと、安全配慮義務が履行されているとは言えない。

 こうした状況下で、厚生労働省は2019年、17年ぶりに新たな労働基準局長通達「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドラインについて」(令和元年 基発0712第3号)を出した。この通達では、従来の用語「VDT作業」に替えて「情報機器作業」が用いられており、内容もテレワーク対応を含めた労働衛生の3管理と労働衛生教育に拡大されている。

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このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。