第33回 障害者に対する合理的配慮
日東電工事件―症状固定した、私病である脊髄損傷者の職場復帰
2022年11月2日

1.障害者雇用
1)障害者雇用促進法
「障害者の雇用の促進等に関する法律」(昭和35年法律第123号)、通称「障害者雇用促進法」は、事業主に、身体障害者・知的障害者・精神障害者の雇用を義務付けている。民間企業の場合、2022年4月現在、3障害を合わせて、雇用労働者の2.3%以上の障害者を雇用しなければならないこととされている。この2.3%を法定雇用率とよんでいて、達成できない企業にはペナルティが課される。
障害者の就労促進が、国が推進している「働き方改革実行計画」で取り上げられていることもあり、このところ障害者の雇用が毎年増加している。厚生労働省によると、2021年6月1日時点の、「民間企業における障害者の実雇用数」は597,786人で、「実雇用率」は2.20%であった。しかし、法定雇用率2.3%には達していない。また、法定雇用率を達成している企業の割合も47.0%で、まだ半数に届いていない。このうち精神障害の実雇用者数は98,053人で、雇用障害者全体に占める割合は16.4%であった。精神障害者の対前年の実雇用者増加率は11.4%で、身体障害者:0.8%、知的障害者:4.8%に比べ明らかに高くなっていた。
障害の存在は、必ずしも労働者の業務遂行に困難をもたらすとは限らないが、障害にかかわる事例性を生じやすい。この事例性が、障害者自身のメンタルヘルス不調を誘発したり、管理監督者や同僚のメンタルヘルスにも悪影響を与えたりすることは周知の事実である。 そのため国は障害者雇用促進法を改正して、「障害者に対する差別の禁止」(第36条第1項)および「合理的配慮の提供」(第36条の5第1項)の義務を事業主に新たに課した(施行は2016年4月)。さらに、法律にもとづくつぎの2つの指針を告示した。
- 障害者差別禁止指針(障害者に対する差別の禁止に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針 平成27年厚生労働省告示第116号)
- 合理的配慮指針(雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮のために支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針 平成27年厚生労働省告示第117号)
2)障害者差別禁止指針
指針が差別禁止の対象としてあげているのは、つぎに示した13の人事行為である。
@募集・採用 A賃金 B配置 C昇進・昇格 D降格 E教育訓練
F福利厚生 G職種変更 H雇用形態の変更 I退職勧奨 J定年 K解雇
L労働契約の更新
ただし、障害者と十分に話し合い、合理的配慮をした結果として、障害者でない者と異なる扱いになることは、障害者が有利な扱いを受ける場合も含めて法違反ではないとしている。また、採用選考時、採用後に、雇用管理上必要な範囲で障害の状況を確認することも認めている。
今回取り上げた日東電工事件では、会社が行った解雇の有効性のみが争われ、差別の有無は争点になっていなかった。
3)合理的配慮指針
合理的配慮の内容が障害の種類別に別表で例示されているが、こうした配慮が事業主にとって「過重な負担」にならないことが強調されている。個別の判断に際して考慮すべき点として示されているのが、つぎの6項目である。
- 事業活動への影響の程度
- 実現困難度
- 費用・負担の程度
- 企業規模
- 企業の財務状況
- 公的支援の有無
2.日東電工事件の概要
1)当事者
- 原告:D
- 1974年生まれの男性、1999年に、期間の定めがなく、職種限定のない雇用契約のもと、日東電工に入社した。
- 被告:日東電工株式会社(資本金267億円。従業員数:5,000人以上)
2)事件の経過
- 2014年:
- 5月3日、趣味であるオフロードバイク競技の練習中に衝突事故に遭遇し、負傷した。頸髄損傷、頸椎骨折と診断された。10月4日から休職となった(休職満了日は2017年2月3日)。
- 2015:
- 9月30日、症状固定と診断された。@両下肢完全麻痺 A両上肢不全麻痺 B神経因性膀胱 C直腸神経障害が後遺症として残った。
- 2016年:
- Dは8月頃、会社に復帰したいとの意向を伝えた。これを契機として、復帰に向けた両者の話合いが始まった。その結果、12月26日に「復職審査会」が実施されることになった。しかし、この会は開かれなかった。
- 2017年:
- Dは、1月6日に主治医作成の診断書を提出した。診断書には「業務は車椅子移動で可能なものに限定されるが、就業規則どおりの復帰が可能であり、就業に伴う疾病悪化リスクはない」旨が記述されていた。
- 1月27日、Dとの産業医面談が行われた。同日に開かれた復職審査会で、産業医Eは、「復職可能とは判断できない」との意見を述べた。会社は、2月3日、就業規則の規定どおり休職期間満了とし、雇用契約を終了した。Dは会社のとったこの措置を不服として地位確認のための訴訟を起こした。
3)DのADL
DのADLは@〜Bのとおりであり、この状態が改善する見込みはない。
さらにDは会社に対して、「障害者雇用促進法」に規定された事業者の合理的配慮の一環としてC〜Fの実施を要求した。Dは、ADLの状態を前提とすると、復帰するには在宅勤務が必要であり、出勤するとしても週1回が限度であると考えていることがうかがえる。
- 自力での車椅子移動は可能。
- 排尿については、1日5〜6回 セルフカテーテルを用いた間欠導尿を行う。
外出時や就寝時には間欠式バルーンカテーテル留置で対処する。 - 排便については、1週あたり2回、訪問看護サービスにより、下剤を使って数時間かけて処理する。
- 裁量労働を適用し在宅勤務とする。週1回を限度に必要なときだけ出勤。
- 新幹線、介護タクシーなどすべての通勤費用を会社負担(本人は家族とともに神戸で生活しているが、勤務場所は尾道市であった)。
- 「障害者職業生活相談員」の選任。
- 復帰に必要なC〜Eなどの準備が整わないために復帰ができない場合には、会社は、復帰可能となるまでの間は通常勤務したものとして扱い、賃金や手当を支払う。
4)争点
主たる争点は、休職満了時に休職事由が消滅していたかどうかである。
DのADLの状態では、休業前の部署で休業前と同じ業務を行うことには大きな困難があることは明らかである。しかし、事業者に求められている合理的配慮の範囲をどう考えるかによってその判断が変わる可能性がある。この訴訟では、その線引きを裁判所がどう行うかが注目された。
5)裁判所の判断
Dが尾道事業所で勤務できる可能性があるのは多くても週2日であること、Dが休業前に担当していた業務にはクリーンルーム内での作業が多く含まれていてそれなしでは従前の業務の遂行は困難であることなどから、こうした状態にあるDを就業させるための措置は障害者雇用促進法が事業者に課している合理的配慮の範囲では実行できないと判断した。さらに、Dからは「現実的に配置可能と認められる他の業務」について労務の提供の申し出はなかったことと併せて、休職満了時には休職事由が消滅していたとは言えないと判示した。
Dは判決を不満として大阪高等裁判所に控訴したが、大阪地方裁判所の判断を全面的に支持して棄却した。
6)産業医としてのコメント
企業としての対応は、産業医、保健師のかかわりも含めてしっかり行われている。気懸りなのは、会社が症状固定した段階で労働契約をどうするかを検討しなかったことである。「症状固定」はそれ以上時間が経過しても症状が改善することはないという医学的判断なので、論理的には、事業者はこの時点で休職を打ち切る必要があった。それをしなかったことが問題をこじれさせたのではないかと思われるからである。
(この小論は、雑誌「健康管理」2022年6月号「裁判例から考える合理的配慮の提供義務@―日東電工事件」(24-34ぺージ)のうち、コラム2:「障害者雇用」、コラム1:「日東電工事件の概要」を抜粋して一部加筆したものである)