産業医の方へ

第34回 自閉スペクトラム症者の職場復帰
―日本電気事件、O公立大学法人事件の判決から
2022年11月2日

自閉スペクトラム症者の職場復帰の画像

1.自閉スペクトラム症

 自閉スペクトラム症者は、自閉スペクトラム症の特徴とされるつぎのような行動が背景となって、職場で事例化する。これらの徴候の組み合わせには大きな個人差があり、問題行動の大きさの程度も様々である。

1)社会的コミュニケーション、対人相互反応の持続的欠陥

  1. 言語的なコミュニケーションの障害
    • 自分の考えていることを言葉で的確に表現することが困難である。
    • 自分の頭に浮かんだことをそのまま相手に伝える。それによって相手がどういう感情を抱くかが想像できない(相手の立場に立てない)。
    • 相手が言ったことを言葉どおりに受け取る。ニュアンスを理解することの大切さが意識できない。
  2. 非言語的なコミュニケーションの障害
    • 管理監督者・同僚・顧客の表情や身振りの意味が理解できない。
    • 相手に対して自分の意思を表情や身振りで表現することができない。
    • アイコンタクトがない。
  3. 興味、情動、感情を他者と共有することの障害
    • 情動のコントロールがうまくできない。
    • 自分が興味を持っていることを第3者に伝えて関係をつくることができない。
    • 仕事がうまくいったときなど、その喜びを管理監督者、同僚と分かち合おうとしない。
  4. 人間関係を構築しそれを維持することの障害
    • 対等な人間関係が結べない。
    • 相手に対する手加減ができない。
    • 職場には一人ではできない業務が多いが、そうした作業に積極的に取り組む姿勢がみられない。
    • 指示されたことをすることはできていたが、部下を指導する立場になると、どうしていいかわからなくなる。

2)限定された行動・興味・活動の反復

  1. 物への強い関心と熱中(人には関心を示さない)。
  2. 一般的でない対象への強い愛着と没頭。
  3. 同一性へのこだわり、変化への抵抗(思考の柔軟性のなさ、自己の考えや作業の進め方への固執、規則遵守に対する固執)。
  4. 常同的あるいは反復的行動。

 今のところ、自閉スペクトラム症そのものに有効な薬物はなく、薬でうまくコントロールすることは難しい。したがって、職場復帰可と判断するには、

  1. 職場内に本人が担当できる業務があること
  2. 問題行動を本人の「個人特性」とみなして許容する職場環境が作れること

の2点が欠かせない。@に関して、その人にしかできない業務があれば、Aの可能性も高まる。@がないとなると復帰は困難で、障害者雇用枠で採用しなおすことも検討する必要が出てくる。Aに関しては、本人が「自分は病気である」という自覚、すなわち「病識」がある程度ある場合はマネジメントが容易になるが、病識がまったくなく「自分自身には困りごとはない」と考えていると、そうした職場づくりの可能性は低下する。

2.日本電気事件の概要

1)当事者

  1. 原告:B
    •  1976年生まれの男性、X大学文学部を卒業したが就職ができず、2年間浪人した後、Y大学大学院情報科学研究科に入学し、2003年に修士号(工学)を得た。修了時の成績は、25科目中「優」21、「良」4であった。2003年4月に教授推薦で日本電気に入社した。
  2. 被告:日本電気(NEC)株式会社

2)事件の経過

  1. 2003年:
    •  1年間システムエンジニアとして勤務。
  2. 2004年:
    •  「ソフトウェア開発に従事したい」とのBの希望で、関連会社に出向した。出向後ほどなくして、関連会社が日本電気にBの引き取りを求めた。その理由は、意思疎通に問題があり、業務を任せられないことであった。7月に出向が解かれ、10月からは日本電気で予算管理業務を担当したが、異動後の5年半余りの間、勤務成績は不良で、健康状態のコントロールも十分でなかった(3.「Bの健康状態」参照)。
  3. 2010年:
    •  受診したK大学精神科で、「統合失調症の可能性が高く就労は困難であり、薬物治療が必要」と診断されため、5月から病気欠勤、7月には休職となった。就業規則で定められた休職満了期日は2012年2月末であった。
  4. 2012年:
    •  1月になって、2月20日からの復帰可との診断書が提出されたことから、3回の復帰面談(B、産業医、人事担当者が参加)の後、2月6日〜17日の間、試験出社が行われた。試験出社中には、勤怠上の問題は発生せず、課題も終了することができた。しかし、会社は、コミュニケーション上の問題が改善していないこと、挨拶や身だしなみにも問題が残っていること、社内にはBの行動特性に配慮できる業務が存在しないことなどを理由として、Bの復帰を認めず、休職期間満了退社とした。これに対しBは、Bの行動特性に見合った業務であれば就業可能な健康状態であったのに、会社は特性に見合う業務を提供する努力を怠ったと主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めて訴訟を提起した。

3)Bの健康状態

  1. 2006年
    • 10月:体調不良の訴え、自殺念慮の独語、職場内の徘徊が出現した。
    • 11月:管理監督者のつきそいのもと、Jクリニックを受診し、「統合失調症の疑い」と言われた。さらにL病院を受診したところ、「統合失調症、休務して治療が必要」と診断されたが、Bは休務を拒否、数回の通院後、治療を中断した。
  2. 2007年:
    • 9月:「ふさぎこんでいる」ため、管理監督者の指示で健康管理センターを受診した。
  3. 2008年:
    • 6月:仕事中に大声をあげる、自殺念慮の独語などが出現し、管理監督者が健康管理センターに相談した。
    • 7月:健康管理センターの医師の勧めでMメンタルクリニックを受診したところ、「アスペルガー症候群」である可能性を指摘された。
  4. 2010年:
    • 3月:業務の遂行困難、職場内の徘徊、体臭・服装のだらしなさなどについて人事担当者が健康管理センターに相談した。Bは同センターの医師に対して自分では特に困っていることはないと話したが、仕事が思うようにできていないことは自覚していた。
    • 4月:管理監督者付き添いでK大学精神科を受診、「統合失調症の可能性が高く就労は困難であり、薬物治療が必要」と診断された。
    • 5月:K大学病院での通院治療を開始。
  5. 2011年:
    • 1月:診断名が「アスペルガー症候群」に変更され、治療も生活指導中心に変わった。
    • 10月:デイケアに参加。行動療法的なアプローチが行われた。
  6. 2012年:
    • 1月:デイケアでのケア受けても、Bは自分がアスペルガー症候群に罹患しているとの病識は持てなかった。2月末の休職満了を前にして、仕事を限定し、職場環境に配慮すれば、職場復帰可能であると診断された。

4)争点と裁判所の判断

 争点はアスペルガー症候群(現在の正式病名は「自閉スペクトラム症」)に罹患しているBの就業の可否である。

 原告は会社内にある「ソフトウェア関連の技術職」を希望し、@職場内に本人が担当できる業務があると主張した。しかし会社は、ソフトウェア開発には、業務の特性上対人交渉が必要であること、プログラミング作業は外注していて社内にはないことを理由として、その可能性を否定した。

 また、A問題行動を本人の「個人特性」とみなして許容する職場環境が作ることについては、原告は、事業者には雇用した障害者に対する合理的配慮を行う努力義務が「障害者雇用促進法」で課されているにもかかわらず、会社はその義務を果たしていないと主張した。会社は、10日間実施した試験出社の結果を踏まえて、原告の状態は個人特性とみなして許容できる状態にはほど遠いと主張した。

 裁判所は、@Aともに企業の主張を支持し、Aついては、障害者雇用促進法は企業に対してBが主張するレベルまでの義務は負わせていないと判示した。

3.O公立大学法人事件の概要

1)当事者

  1. 原告:W
    •  2008年4月から2014年3月までO大学准教授として勤務していた女性。
    •  2008年3月にアスペルガー症候群と診断された。准教授選考のプロセスでは、アスペルガー症候群であることは大学に告知していなかった。その後2010年1月になって学部長に開示した。大学は他の教員に開示する同意を求めたが、Wは同意しなかった。
  2. 被告:O公立大学法人
    •  地方独立法人法にもとづく公立学校法人で、O大学とO医科大学を設置し運営している。

2)事件の経過

  1. 2011年:
    • 10月.大学生協の従業員との間にトラブルが発生し、Wは相手を土下座させて謝罪をさせた(エピソード1)。この出来事については匿名の内部通報があり、さらに2012年3月には、大学は生協理事長から、「人権侵害なので再発防止措置の徹底を求める」との申し入れを受けた。しかし大学は、Wへの働きかけは何もしなかった(2012年1月に、Wは同僚との人間関係悪化による適応障害に罹患しているとの診断書を提出していた)。
  2. 2013年:
    • 6月.Wは、「O大学構内で駐輪場のポーチに唾をはいた男子学生を指導しようとしたところ、学生から暴力を振るわれた」として、直接警察に通報した。数日間、学生からの謝罪を待ったが謝罪がなかったため、同学生を告訴した(エピソード2)
    • 7月.Wは交通事故に遭い、後頭部打撲を受けた。
    • 10月.O医科大学救急外来を訪れ、受付カウンター前で、持っていた果物ナイフでリストカットを行った。対応した医師が入院を勧めたが、Wはそれを拒否した。Wは、病院からの通報で臨場した警察官に銃刀法違反容疑で逮捕されが、翌日釈放された(エピソード3)。11月になって主治医の勧めで入院した。
    • 11月.学部長は顛末の「調査報告書」原案を作成し、指摘すべき点があれば早急に連絡するようにWに伝えた。Wの代理人である弁護士は、2014年1月まで連絡を延期してほしいと要望した。
    • 12月.学部長は弁護士の要望には応じず、報告書を学長に提出した。学長は「学部教授会」と「教育研究評議会」に諮問したうえ、学長としてWは解雇が相当であると判断し、理事長に「審査請求」を行った。理事長は「懲戒等審査委員会」に付議した。
  3. 2014年:
    • 2月.審査委員会は口頭弁明期日を3月20日にすることを代理人に通知した。
    • 3月.Wは体調が悪く審査委員会には出頭できなかった。しかし、委員会はWが提出した弁明書の内容のみで事実審査を行い、解雇が相当であると議決した。理事長は31日付けでWを解雇した。

3)争点と裁判所の判断

 この訴訟は、解雇されたWが、労働契約法第16条の規定、「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」に照らしてこの解雇が無効であるとして処分の取り消しを求めたもので、直接は職場復帰についての争いではない(解雇が無効とされれば、当然、職場復帰をどうするかが問題となる)。

 裁判所は、O大学の衛生管理体制に不備があること、Wがアスペルガー症候群に罹患していることを大学に開示しているにもかかわらずそれに配慮した適切な対応がなされていないことを強く指摘した。さらに、事件の経過のところで述べたエピソード1〜3はすべてアスペルガー症候群の徴候として理解できると判断した。本人への注意喚起や適切な助言・支援が行われていないにもかかわらず、「大学には落ち度がなく、すべてWに責任がある」と結論づけて行った大学の解雇処分は、客観的に合理的な理由を欠いていると判示し、解雇を無効とした。

4)産業医としてのコメント

 第33回で紹介したとおり、現行の「障害者雇用促進法」は事業者に、障害者が就業を続けるために欠かせない合理的配慮の実施を義務づけている。ただし、この事件はこの改正法が施行される前に起こっていて、当時は合理的配慮の内容は具体的には示されていなかった。大学は、配慮の過重性を主張したのだが、大学にとって何が過重なのかを具体的に示すことができなかった。裁判所は、原告に対する大学の対応を個々に検討し、障害者を支援することに関する意識の低さや態勢の不十分さを認定して、大学の主張を退けた。

 大学教員も労働者であるが、自分が労働者であるとはあまり認識していない。さらに、大学では管理監督者が誰なのかがはっきりしていないことが多い。研究の指導者は明確なのだが、その指導者は必ずしも管理監督者ではない。アスペルガー症候群の患者が仕事を続けるには、彼らのものの見方や考え方の特性をある程度理解し、許容する職場環境が必要である。そうした職場環境を維持するためには、適切なマネジメントが欠かせない。現場のマネジメントの実行責任者は管理監督者なので、マネジメントが的確にできるかどうかは管理監督者の力量にかかっていることになる。

 この訴訟では、大学がアスペルガー症候群を十分認識せず、配慮ができていないことを理由として原告であるWが勝訴した。しかし、教員会議の出席が教員のmustの義務となると、法律で定められた「合理的な配慮」の範囲で、Wがそれをクリアできるとは考えにくいことも事実であり、職場復帰が困難となる可能性があることは考えておく必要があるだろう。

(この小論は、雑誌「健康管理」2022年6月号「裁判例から考える問題行動の対処法」(2-24ぺージ)「コラム1:日本電気事件の概要」の部分、同7月号「裁判例から考える合理的配慮の提供義務」(2-18ぺージ)「コラム2:O公立大学法人事件の概要」の部分をそれぞれ抜粋し、一部に加筆したものである)

このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。