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【 第7回 】労働安全衛生法が定める労働衛生管理体制(3)
―産業医―
2021年 9月2日(河野慶三コラム:通算 第37回)

第7回労働安全衛生法が定める労働衛生管理体制(3)―産業医―の画像

 労働安全衛生法は産業医の選任を事業者に義務付けています(第13条)。これは罰則付きの強制規定です(第120条)。産業医の選任義務がかかっているのは、常時50人以上の労働者を使用しているすべての事業場です(労働安全衛生法施行令第5条)。この基準は、衛生委員会の設置、衛生管理者の選任の場合と同じです。また、常時3,000人を超える労働者を使用する事業場では、産業医を2人以上選任しなければなりません(労働安全衛生規則第13条第1項第4号)。
 なお、「常時1,000人を超える労働者を使用する事業場」は産業医を専属とする必要があります。表1に示した同項第3号に該当する事業場では、労働者数が500人以上になると、産業医を専属にしなければなりません。

 医師であれば誰でも産業医になれるわけではありません。選任できるのは、次の要件のいずれかに該当する医師です(同規則第14条第2項)。なお、規則には、@〜Cのほか厚生労働大臣が定める者との規定があるのですが、現在は制定されていません。

  1. 厚生労働大臣が定める研修(日本医師会、産業医科大学)を修了した医師
  2. 産業医科大学を卒業してその実習を履修した医師
  3. 労働衛生コンサルタント試験(試験区分:保健衛生)に合格した医師
  4. 大学における労働衛生に関する科目を担当する常勤の教授、准教授、講師の職にある、もしくはあった医師

 労働安全衛生法は、第5回(通算 第35回)で紹介したとおり、労働契約を交わした労働者の安全と健康を守るための施策の実施を事業者に義務として課しています。産業医は、事業者との産業医契約にもとづいて、事業者がこの義務を的確に遂行できるように、産業医学の知見を活かして支援します。事業者と労働者は労働契約で繋がっていますが、産業医と労働者の間には契約はありません。産業医と労働者の関係は事業者を介した間接的なものであることに注意してください。したがって、産業医には、労働者に直接指示する法令上の権限はありません。指揮・命令は、人事担当者あるいは、事業者から部下の管理を委任された管理監督者が行います。日常の診療は医師と患者の診療契約にもとづいており、両者の関係は直接的です。医師は患者に直接指示します。介在者はいません。産業医と労働者との関係と医師と患者との関係にはこうした違いがあります。事業者、人事担当者、管理監督者、衛生管理者、産業医には、この点についての理解を深めていただきたいと思います。

 産業医の職務として、労働安全衛生法第14条第1項には、表2に示した9項目があげられています。Aは長時間労働者に対する面接指導であり、Bはストレスチェック制度にかかわる職務です。大きく見ると、産業医の職務は、労働衛生の3管理(作業環境管理・作業管理・健康管理)と労働衛生教育を行うことだと言ってよいでしょう。これに加えて産業医には、職場巡視を行う義務があります(労働安全衛生規則第15条)。衛生委員会の構成員となることも必須です(労働安全衛生法第18条第2項)。

 産業医に労働者に対して直接指示する法令上の権限がないことは、すでに述べました。ところで、労働安全衛生規則第14条の4の見出しは「産業医に対する権限の付与等」となっています。その内容は表3のとおりです。この規定は、表2に示した@〜Hの職務を遂行できるようにするための権限を産業医に与えることを事業者に命じています。表3からわかるように、権限の内容は、事業者や総括安全衛生管理者に“意見を述べる”こと、労働者から“情報を得る”こと、“指示する”ことの3つです。指示については、誰に対する“指示”なのかは明示されていません。これが労働者に対する指示であれば、特別な権限と言えるのですが、指示する相手は人事担当者、管理監督者あるいは衛生管理者であると考えるのが現実的です。ですから、この条文はすでに法律に明記されていることを再度確認するレベルのもので、新しい内容はありません。

 産業医には事業者と総括安全衛生管理者に対する勧告権があります(労働安全衛生法第13条第5項、労働安全衛生規則第14条第3項)。産業医にとって、事業者や総括安全衛生管理者に“意見を述べる”ことと“勧告する”ことはどう違うのでしょうか。
 産業医が述べた意見を取り上げるかどうかは、事業者が決めることです。これは勧告についても同じで、労働安全衛生法は事業者に勧告を尊重することを求めてはいますが、従うかどうかは事業者が決めます。
 日常の産業医活動では、通常、産業医意見は管理監督者または人事担当者、場合によっては衛生管理者に出します。多くの場合、産業医意見を実行するかどうかの判断は現場でされており、意見が事業者までいくことは稀です。産業医が勧告を考えるのは、労働者の健康を守るための必要性が高いにもかかわらず、産業医の意見が現場で取り上げられない事態が続くといった状況に直面したときです。そのままにしておくと対策が遅れ、事業者の安全配慮義務が履行できない恐れが強いことを事業者に直接伝え、対処を求めることがその目的です。
 勧告するという産業医の行動は、産業医としての責任を果たそうとしている姿を事業者に見せることでもあるので、ためらうことはないのですが、それなりの手順を踏むことが大切です。

 話は変わりますが、このところ、専属産業医の守備範囲に関心が寄せられています。専属産業医の定義は、法令ではされておらず、通達などの行政文書にもありません。私が旧労働省にいた1989年当時の労働基準局内のコンセンサスは、「専属産業医とは、もっぱら所属事業場の産業医業務に従事している産業医のことであり、常勤であるかどうかは問わない」ということでした。
 1972年に労働安全衛生法が成立し、現在の産業医制度がスタートしました。労働安全衛生法の条文作成担当者の意図したところは、専属産業医=常勤産業医だったのですが、1970年当時は、1965年に行われた国民皆保険制度導入の影響もあって、極端な医師不足になっていました。そのため、専属産業医を常勤と定義しても、その実現は困難であるとの現実的な判断が行われたということでした。ちなみに、1965年(この年の入学者が1971年に卒業して医師になります)のわが国の医学部定員総数は3,560人でした。2021年の定員総数は9,357人で、2.6倍になっています。
 1997年に、労働基準局長通達「専属産業医が他の事業場の非専属の産業医を兼務することについて」(平成9年 基発第14号)が出ました。この通達で厚生労働省は、構内下請事業場の産業保健活動の活性化を促す目的で、元請事業場に選任されている専属産業医が、下請事業場の産業医を兼ねることを、条件付きではありますが認めました。
 そして、この通達が2021年3月に一部改正され(令和3年 基発0331第5号)、元請→下請の関係がなくても、「専属産業医が所属する事業場と非専属事業場とが一体として産業保健活動を行うことが効率的である」場合には、専属産業医が非専属の産業医を兼ねてもよいことになりました。通達は、その要件として、下記の2項目をあげています。前の通達にあった「地理的関係が密接である」ことは、情報通信機器を活用することで対処できるとの理由で削除されています。

(1)労働衛生に関する協議組織が設置されている等労働衛生管理が相互に密接し関連して行われている
(2)労働の態様が類似している

 当然のことながら、専属産業医としての本来業務に支障を生じない範囲でとの限定があり、対象となる従業員数が3,000人を超えてはいけません。
 この改正によって、たとえば本社の専属産業医が、条件さえ合えば、地方にある事業場の非専属産業医を兼ねることができることになりました。専属産業医の守備範囲が大きく広がり、専属の意味が変化しました。「専属産業医とは、もっぱら所属事業場の産業医業務に従事している産業医」ではなくなったわけです。

表1 産業医を専属としなければならない労働者500人以上の事業場

(労働安全衛生規則第13条)

  1. 多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
  2. 多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
  3. ラジウム放射線、エックス線その他の有害放射線にさらされる業務
  4. 土石、獣毛等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所における業務
  5. 異常気圧下における業務
  6. 削岩機、鋲打機等の使用によって身体に著しい振動を与える業務
  7. 重量物の取扱い等重激なる業務
  8. ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
  9. 坑内における業務
  10. 深夜業を含む業務
  11. 水銀、砒素、黄りん、弗化水素酸、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、か性アルカリ、石炭酸その他これらに準ずる有害物を取り扱う業務
  12. 鉛、水銀、クロム、砒素、黄りん、弗素、塩素、塩酸、硝酸、亜硫酸、硫酸、一酸化炭素、二酸化炭素、青酸、ベンゼン、アニリン、その他これに準ずる有害物の粉じん、蒸気又はガスを発散する場所における業務
  13. 病原体によって汚染のおそれが著しい業務
  14. その他厚生労働大臣が定める業務

表2 産業医の職務

(労働安全衛生法第14条第1項)

  1. 健康診断の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること
  2. 法第66条の8第1項、第66条の8の2第1項及び第66条の8の4第1項に規定する面接指導並びに法第66条の9に規定する必要な措置の実施並びにこれらの結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること
  3. 法第66条の10第1項に規定する心理的な負担の程度を把握するための検査の実施並びに同条第3項に規定する面接指導の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること
  4. 作業環境の維持管理に関すること
  5. 作業の管理に関すること
  6. @〜Dに掲げるもののほか、労働者の健康管理に関すること
  7. 健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること
  8. 衛生教育に関すること
  9. 労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること

表3 産業医に対する権限の付与

  1. 事業者は、産業医に対し、第14条第1項各号に掲げる事項をなし得る権限を与えなければならない。
  2. 前項の権限には、第14条第1項各号に掲げる事項に係る次に掲げる事項に関する権限が含まれるものとする。
    1. 事業者又は総括安全衛生管理者に対して意見を述べること。
    2. 第14条第1項各号に掲げる事項を実施するために必要な情報を労働者から収集すること。
    3. 労働者の健康を確保するため緊急の必要がある場合において、労働者に対して必要な措置をとるべきことを指示すること。

このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。