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【 第10回 】労働安全衛生法とメンタルヘルス(1)
―メンタルヘルスケア指針―
2021年 12月7日(河野慶三コラム:通算 第40回)

第10回労働安全衛生法とメンタルヘルス(1)メンタルヘルスケア指針の画像

労働者のメンタルヘルスケアについては、つぎの2つの指針が、労働安全衛生法にもとづいて出されています。

  1. 労働者の心の健康の保持増進のための指針(健康保持増進のための指針公示第6号、平成27年)
  2. 心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに 面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針(心理的な負担の程度を把握するための検査等指針公示第3号、平成30年)

(1)は事業場におけるメンタルヘルスケアの原則的な実施方法を定めたもの(根拠条文は第70条の2第1項)であり、(2)はいわゆる「ストレスチェック制度」に関する指針です(根拠条文は第66条の10第7項)。今回取り上げるのは(1)で、指針の目次をつぎに示します。定義では、指針で用いられている10の用語が定義されています。

1.指針の目次

    1. 趣旨
    2. メンタルヘルスケアの基本的考え方
    3. 衛生委員会等における調査審議
    4. 心の健康づくり計画
    5. 4つのメンタルヘルスケアの推進
    6. メンタルヘルスケアの具体的進め方
    7. メンタルヘルスに関する個人情報の保護への配慮
    8. 心の健康に関する情報を理由とした不利益な取扱いの防止
    9. 小規模事業場におけるメンタルヘルスケアの取組の留意事項
    10. 定義

2.メンタルへルスケアの推進方法―4つのケア

この指針では、図に示したように、@セルフケア Aラインによるケア B事業場内産業保健スタッフ等によるケア C事業場外資源によるケアの4つを事業場でひとつのシステムとして機能させ、それによって、事業場におけるメンタルヘルスケアを推進することを事業者に課しています。必要な投資を行ってこれを実行する体制を整備し、それを継続して動かしていくことが、事業者には強く求められているわけです。

           
メンタルヘルスケアの4つのケア推進方法の図

@セルフケア

 「自分の健康は自分で守る」ことは当然です。そのためには、一人ひとりの労働者が、セルフケアの意味と意義を十分理解し、実行に必要な知識や技法を身につけることが欠かせません。これがメンタルへルスケアの基本です。とくに、ストレスに対する気づきをよくし、それを自力で軽減することができることはその鍵となります。しかし、セルフケアだけでは対処できない問題もあります。たとえば、長時間労働は、事業者の意思と管理監督者のラインによるケアがなければコントロールすることができません。
また、セルフケアができるようにするにはそのためのメンタルヘルス教育が必要で、メンタルヘルス相談などの支援を行うのための体制づくりも必須です。この体制の中核となるのが、事業場内産業保健スタッフです。

Aラインによるケア

 ラインによるケアは、職場のストレス要因を把握し、それを可能な限り減少させるための機能です。職場の管理監督者には、事業者に課された安全配慮義務の実行責任があります。その意味でも、事業者にとってラインによるケアを徹底することが重要です。
日常のラインによるケアで大切なこと、それは、「管理監督者が、部下がいつもと違うことに気づき、その部下に声かけをする」ことです。管理監督者は医師ではないので、部下の異常性、すなわち病気であることの判断はできません。しかし、日常的に部下に接し、仕事の進捗状況を把握している管理監督者にとって、部下がいつもと違うことに気づくことは難しくありません。管理監督者は、声かけをした部下の話に耳を傾けることによって、この役割を果たします。聴き取った話の内容によっては、いつもと違うことの背後に存在するかもしれない健康上の問題を把握するために、産業医に繋ぎます。
 事業者は研修の場を設けて、管理監督者が傾聴のスキルを習得できるようにし、産業医に繋ぐことの重要性を理解させます。これは、管理監督者に対するメンタルへルス教育として欠かせないことです。

B事業場内産業保健スタッフ等によるケア

 事業場内産業保健スタッフとは、指針によると「産業医等、衛生管理者等及び事業場内の保健師等」のことです。これに「等」がつくと、「事業場内産業保健スタッフに、事業場内の心の健康づくりスタッフ、人事労務管理スタッフ等を加えた者」になります。心の健康づくり専門スタッフとは、精神科・心療内科等の医師、精神保健福祉士、心理職等」のこととされています。
セルフケアとラインによるケアがうまく機能するようにサポートすることは、事業場内産業保健スタッフのプライオリティの高い役割です。事業場内産業保健スタッフの重要な機能は、メンタルヘルス教育とメンタルヘルス相談です。たとえば、管理監督者がいつもと違う部下を見つけて声かけをしても、その後を引き受けてくれる専門家がいなくては繋ぎようがありません。産業保健スタッフは、管理監督者の持ってきた話をまずは受け止めます。これがラインによるケアに関する相談の出発点です。
この場合に、産業保健スタッフがまずしなければならないのは、管理監督者から相談のあった部下と面談して異常性の有無を判断することです。この判断によって、次のステップが異なるからです。異常性を認めた場合には、診断と治療を、事業場外資源である精神科や心療内科の医師に依頼し、その結果を受けて就業上の措置について、事業者に意見を述べます。

C事業場外資源によるケア

 事業場外資源とは、指針によると「事業場外でメンタルヘルスケアへの支援を行う機関及び専門家」のことです。事業場内産業保健スタッフが教育と相談のすべてに自力だけで対応することには無理があります。診断と治療についても専門の医師に依頼しなければなりません。活用可能な事業場外の資源についての情報を事前に収集しておき、必要なときに力を借りることができるようにしておくことが大切です。 なお、産業医と労働者の間には契約関係がありません。診断と治療については、産業医が直接行うことは避け、事業場外資源を活用することをお勧めします。この点については、産業医向け第29回「産業医が従業員の治療を行うことの問題点」を参照してください。

このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。