【 第11回 】労働安全衛生法とメンタルヘルス(2)
―ストレスチェック制度―
2021年 12月7日(河野慶三コラム:通算 第41回)

前回お話したとおり、労働者のメンタルヘルスケアについては、つぎの2つの指針が、労働安全衛生法の規定にもとづいて出されています。
- 労働者の心の健康の保持増進のための指針(健康保持増進のための指針公示第6号、平成27年)
- 心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに 面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針(心理的な負担の程度を把握するための検査等指針公示第3号、平成30年)
第40回で紹介した(1)は事業場におけるメンタルヘルスケアの原則的な実施方法を定めたもの(根拠条文は第70条の2第1項)でした。今回取り上げる(2)は、いわゆるストレスチェック制度に関するものです(根拠条文は第66条の10第7項)。
この制度は、(1)にもとづく施策が職場になかなか浸透せず、メンタルヘルス対策が遅々として進まないことが背景にあって、2015年12月1日に始まりました。原則年1回の実施なので、今年で7回目になります。ストレスチェック制度は、(1)の定着を前提として設計されているため、(1)が機能していない事業場では、ストレスチェックの結果をセルフケアやラインによるケアに十分生かせないことが危惧されます。
1.指針の目次
指針の目次はつぎのようになっています。さらに、厚生労働省は、この指針に沿った実務の実施方法について詳しく解説した 「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」(現行は令和元年7月版)を作成し、インターネット上で公開しています。
- 趣旨
- ストレスチェック制度の基本的考え方
- ストレスチェック制度の実施に当たっての留意事項
- ストレスチェック制度の手順
- 衛生委員会等での調査審議
- ストレスチェック制度の実施体制の整備
- ストレスチェックの実施方法等
- 面接指導の実施方法等
- ストレスチェック結果に基づく集団ごとの集計・分析及び職場環境の改善
- 労働者に対する不利益な取扱いの防止
- ストレスチェック制度に関する労働者の健康情報の保護
- その他の留意事項
- 定義
2.ストレスチェック制度
指針やマニュアルを読むと、この制度が複雑にみえ、取組みにくいと感じる方がおられるかもしれません。しかし、ストレスチェック制度が事業者に課している事項はシンプルで、一人ひとりの労働者に対してつぎに示した@〜Bを実施すること(強制義務)、その結果を用いて職場組織に対してC〜Eを行うこと(努力義務)の2点です。@ACDがストレスチェック、BEはチェックの結果にもとづく措置です。
- ストレスチェックを実施し、ストレスチェック実施者に結果の評価をさせること
- ストレスチェック実施者に、受検労働者宛てに結果通知(高ストレスであるかどうかの判定および高ストレス者については医師による面接指導の必要性の判定を含む)を直接行わせること(個人情報保護のため、事業者への結果通知はさせない)
- 医師による面接指導が必要と判定された労働者が、事業者に対して面接希望の申し出をした場合には、医師による面接を行い、面接した医師の意見を勘案して就業上の措置を実施すること
- ストレスチェック実施者に事業場全体、さらには一定規模以上の部署ごとに職場環境を評価させること
- ストレスチェック実施者に、事業者宛ての評価結果報告をさせること
- 結果報告を勘案して職場環境の改善を図ること
3.ストレスチェック制度の目的
この制度の目的は、業務に起因する、あるいは業務と密接に関連するメンタルヘルス不調者を出さないようにすることとされています。検査を受けた労働者一人ひとりが、報告された結果を見て、自分のストレスに気づき、それを軽減する行動、すなわちセルフケアを行うことが、この目的を果たすためには欠かせません。その前提となるのが、労働者が検査結果を自力で理解する力を備えていることです。また、医師による面接指導の申し出をした労働者に対しては、医師は、相手を受け止める姿勢で話を聴き、必要があれば管理監督者の話も聴いたうえで意見を述べます。さらには、Eのラインによるケアも実施されなければなりません。
4.ストレスチェックの方法とその問題点
ストレスチェック実施者は、質問紙を用いて労働者一人ひとりのストレス要因、心身のストレス反応、ストレスの緩衝要因を把握します(労働安全衛生規則第52条の9)。そしてその結果を受けて、あらかじめ設定しておいた基準に照らして高ストレス者をピックアップし、ついで医師による面接指導の必要性があるかどうかを決めます。
質問紙法には、客観性の保証がないこと、受検者の恣意(たとえば、よくみせたり、悪くみせたり、いい加減に回答したり)が入り込む可能性を排除できないことなど、検査方法としての欠点があるのですが、多数の労働者を対象としなければならないので、これはやむをえません。
この問題は、少なくとも医師による面接指導が必要と判定した者全員に面接をして状態の把握をすれば解消できるのですが、個人情報保護優先の考え方と結果の不利益使用防止の観点から、面接指導を申し出るかどうかは、制度上、通知を受けた一人ひとりの労働者の判断に任されています。労働者が申し出をしない場合は、結果の確認を含むその後の作業ができず、ストレスチェック制度の流れがここで止まってしまうのです。
また、「事業者にはストレスチェックの結果は知られたくないが、産業保健スタッフに結果についての相談はしたい」と考える受検者もいます。しかし、ストレスチェック制度にはその流れがありません。前回お話した、メンタルヘルス指針の「事業場内産業保健スタッフによるケア」が機能している事業場であれば、本人からの相談を、ストレスチェック制度から切り離して、この産業保健スタッフによるケアとして扱うことができます。そうすれば、事業者への結果を開示しなくても相談をすることができるのです。相談の結果就業上の措置が必要となれば、ストレスチェックとは関係なく、産業医が事業者に就業上の措置についての意見述べることができます。
なお、ストレスチェック実施者になることができるのは、医師、保健師および厚生労働大臣の定める研修を修了した歯科医師、看護師、精神保健福祉士、公認心理師と定められています(同規則第52条の10)。
5.個人情報の管理と結果の不利益使用の防止
ストレスチェック制度では、厳格な個人情報管理と結果の不利益使用の防止が強く求められています。健康診断結果は事業者が必ず知らなければならないのに対し、ストレスチェックの結果は、労働者の同意がないかぎり、事業者が知ることはできません。これは制度の制定時に、事業者が知ると人事異動などで労働者にとって不利益な措置がされるかもしれないと強く危惧されたからです。
ストレスチェック制度は、事業者にその実施義務を負わせているにもかかわらず、事業者は労働者一人ひとりの結果を知ることが原則としてできない仕組みになっていることを頭に入れておいてください。