【 第12回 】職場復帰
2022年 3月10日(河野慶三コラム:通算 第42回)

1.職場復帰とは
産業保健では、何らかの健康上の問題があって休業していた労働者が、健康を回復し再度就業すること職場復帰とよんでいます。民法の定めである雇用契約上は、労務の提供ができなくなった労働者は解雇できるのですが、労働契約法は健康上の問題で直ちに契約を解除することを認めていません(雇用契約と労働契約の違いについては、人事・総務向け第33回を参照)。
これを受けてほとんどの企業が病気による欠勤・休職制度を設け、就業規則でその内容を規定しています。具体的な内容は企業によってそれぞれですが、「事業者があらかじめ定めた期間は契約を解除しないこと、その間は就業を免除し、労働者を療養に専念させること」は共通しています。その根底にある認識は、病気は多くの場合、治療によって回復するということです。したがって、規則で定められた期間に、健康状態が労働を提供できるレベルに回復しなければ、労働契約は終了します。
そこで問題となるのが、健康状態が労働を提供できるレベルに回復しているかどうかの判断基準と、その判定を行う権限は誰にあるのかということです。この問題についての現時点でのコンセンサスはつぎのようなものです。
- 判断基準:会社所定の日数・時間(たとえば、1日8時間で週5日)就業でき、休業前に担当していた業務を遂行できると認められる健康状態であること。通勤が安全にできること。
- 判定者:事業者(実務を担うのは人事担当者)。 医師ではない。
- 判定の手順:事業者は、本人の復帰の意思を確認し、主治の医師および産業医の意見を聞き、現場の受け入れ可能性を勘案する。
とはいうものの、たとえば数か月にわたって業務から離れていた労働者が復帰してすぐに休業前と同じレベルで仕事をすることには無理があります。安全配慮義務もあるので、事業者は通常、業務負荷を軽減して復帰させます。この配慮に関する具体的な意見を述べるのは産業医です。産業医は復帰後も、産業医意見が現場でうまく機能しているかどうかをチェックし、元の業務へのソフトランディングをサポートします。
職場復帰は、労働者の働く権利、身分、処遇、さらには所属部署の「組織の健康」とも密接な関係があり、労働者個人の健康状態のみで一律に決められるものではありません。通勤時の安全の確保は重要ですが、「通勤の安全」のみを理由として職場復帰を先延ばししていくことは問題で、労働者の働く権利の侵害になる可能性があります。
なお、労働安全衛生法には職場復帰に関する規定がないのですが、厚生労働省から、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰の手引き」が出ています。この手引きには法的拘束力はないのですが、メンタルヘルス不調者の職場復帰に関する実質的なガイドラインとして機能しています(次回人事・総務向け第43回を参照)。
2.身体疾患とメンタルヘルス不調への対応の違い
職場復帰の考え方の基本には、身体疾患とメンタルへルス不調の間に違いはありません。ただし、病状回復の程度の判断の確かさについては、両者間に明らかな差があります。復帰後の薬物使用についても事情が異なります。
身体疾患であれば、本人の話から得られる情報に加えて数値や画像で示されるデータがあり、通常、病状回復の程度を客観的に把握することができるため、医師間の判断のズレが大きくなる心配がありません。それに対しメンタルへルス不調の場合は、本人や家族からの聴き取り、診察時の表情、話し方、態度、反応などの観察によって得られる情報にもとづいて病状回復の程度を判断するため、医師による判断にばらつきが生じやすいと言えます。
メンタルヘルス不調者の多くは、職場復帰後も向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬、気分安定薬、抗不安薬、睡眠薬など)を続けて服用しなければなりません。たとえば、うつ病では復帰後6ヶ月程度は薬物治療を続けることが原則とされているし、統合失調症ではさらに長期にわたる服用が必要です。これが守られないと、復帰後に症状が再燃し、再度休業するリスクが高まります。向精神薬には、個人差は大きいものの、共通して眠気やふらつきなどの副作用があるため、薬の服用中は、たとえば機械の操作、車の運転はさせないことが原則です。
3.リワークプログラム
リワークプログラムは、メンタルヘルス不調による休業者を対象として、精神科・心療内科の医療機関が提供する治療サービスのひとつです。
主治医が行う復帰可の判断は、「休業・治療によって病気の徴候が消失あるいは減少し、日常の生活が安定している」ことの確認にもとづいて行われています。休業している状態には、当然、業務負荷や通勤の負荷がありません。復帰に伴うこうした負荷によって、徴候の増悪が生じる可能性があるのですが、その予測が難しいため、企業ではいわゆる「試し出勤」などによって、そのリスクに対処してきました。しかしそれでも、現実には復帰がうまくいかない事例が出てきます。
メンタルヘルス不調者は、「完全主義、白黒をはっきりしないと気がすまない、自分の考え方についての執着が強い、自分の価値を他者の評価にもとづいて判断する傾向が強い、他罰的である」などの特性を少なくともひとつは持っていて、それがメンタルヘルス不調発症の重要な背景になっている例が多いとされています。こうした特性が改善されないと、復帰してもまたメンタルヘルス不調が再燃するリスクが高いわけです。リワークのグループワークでは、認知行動療法の考え方を導入して、そうした自分の考え方の癖とその癖がメンタルヘルス不調の原因のひとつとなっていることに気づいてもらい、その癖を改善していくことが行われています。産業医としても、リワークプログラムについての情報提供を積極的に行い、活用することを推奨しています。ただ、無理強いは禁物です。その気にならない人を参加させても、効果が出るまでにやめてしまうからです。
4.復帰部署をどうするか
復帰部署については、休業時に働いていた「元の職場」とすることが原則です。新しい部署で復帰すると、仕事内容、職場環境が変わるため、その変化への適応が必要となります。元の職場に戻すことの意味は、適応のために生ずる心身の負荷を減らすことです。
ところが現実には、本人が異動を希望したり、管理監督者が受け入れに難色を示したりします。復帰について決める権限は事業者にあるので、決定は人事部門が行います。したがって、こうした場合の調整は人事がしなければならないのですが、これがうまく進まないことも出てきます。問題の処理が滞ると、「健康上は復帰できる状態に回復しているにもかかわらず、復帰させられない」ことになってしまい、会社側の不作為が問われるリスクが生じます。
元の職場に戻すことが健康上の問題を再燃させるリスクが高いと判断すれば、産業医は異動が必要である旨の意見を述べなければなりません。リスクが高い例としては、管理監督者との人間関係の修復が困難であること、適正配置上の問題が存在することなどがあげられます。適正配置ではなく、適性配置の問題である場合には、通常、産業医はそこまでは踏み込みません。そうは言うものの、本人からの復帰時の異動希望について、私自身は「会社側が一度は本人の希望に沿った対処をして、その結果を見る」ことの意義と有用性の話を、日頃から人事担当者にしています。権限を持つ側が一度「引いてみる」と、その後の対応が容易になることが多いからです。
5.職場復帰者への配慮
職場復帰者のマネジメントを直接担うのは管理監督者です。管理監督者は、安全配慮義務の実行者なので、復帰者の健康状態を把握することは、当然その職務に含まれます。
管理監督者が、「正式に復帰した以上きちんと仕事をして欲しい」と考えることは気持ちとしては自然です。しかし、数か月にわたって休業していた人に、いきなり休業前と同じ質、量の仕事を期待することには無理があることも明らかです。復帰者は、「職場では自分はどう思われているのだろうか」、「職場にうまく適応できるだろうか」、「病気がまた悪くなるのではないだろうか」など、さまざまな心配をしながら勤務しています。そうした復帰者の気持ちを受け止めることは、管理監督者の役割として必須です。
復帰者が「上司は自分のことをわかってくれている」と感じれば、復帰者の職場での緊張は大幅に軽減されます。そして、管理監督者と復帰者のそのような関係は、同じ職場で働く他の部下たちの緊張を和らげる効果をもっています。復帰者を支援するうえで、管理監督者に知っておいてもらいたい事項を表に掲げました。
メンタルへルス不調者の場合は、調子が落ちてくると、状態に波が生じます。管理監督者が復帰した部下の調子を観察する際のポイントは、調子がいいときとよくないときの差をきちんと把握することです。その差が少なくなっていくこと、それが回復の順調さの指標でもあるのです。
現場では、復帰者への同僚の対応の仕方が問題になることがあります。よくみられるのが腫れ物にさわるような対応です。これは職場復帰を阻害します。「マネジメントは管理監督者がするので、本人が支援を求めない限りは黙ってみていればよいこと、しかし本人が希望したことについてはその希望に沿った対応をして欲しいこと」を復帰者の同僚に徹底する必要があります。もちろん産業医は、その点について本人に説明し、十分理解させておくことが前提です。
向精神薬について、管理監督者から「そんな薬をいつまでのんでいるんだ。癖になるぞ」など、医師から指示されたとおり薬をのむことを阻害する発言がされることがあります。以前に比べれば、こうした発言をする管理監督者は減っているのですが、これをさらに減少させることも、事業者に課された重要事項です。
(本稿の「5.職場復帰者への配慮」は、著者が執筆した「産業カウンセリング 第6版」 日本産業カウンセラー協会、2012.255−257ぺージに加筆したものである)
産業医向け第27回「健康問題で休務中の労働者に対する産業医のかかわり方」も参照してください。